働き方改革と人材育成の両立
1 働き方改革の意義と現状
近年、働き方改革が多くの企業で進められています。これは仕事の時間を短縮し、プライベートな時間を増やすことが重要視されています。その目的は、ワークライフバランスの改善、ストレスの軽減や生産性の向上です。しかし、一方で人材育成は非常に時間のかかるプロセスです。スキルの向上やキャリア開発には継続的な学習と実践が必要です。しかしこれを両立させることは簡単ではありません。
働き方改革が現在特に重視されている背景には、いくつかの重要な要因が存在します。以下に、その主要な理由を詳しく説明します。
1.1 労働人口の減少と高齢化
日本では少子高齢化が進行しており、労働人口の減少が深刻な問題となっています。若い労働者の減少に伴い、労働力不足が経済成長の妨げとなっています。働き方改革は、既存労働力の効率化、高齢者や女性、外国人労働者などの活用を可能にします。そして労働力不足対策にももつながります。
1.2 働き方の多様化への対応
テクノロジーの進化はリモートワークやフレックス勤務などを可能にしました。それによって働き方の選択肢が増えています。従業員のマインドの変化や、コスト削減の観点で働き方の変化が求められています。つまり一律的な働き方から個々のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方への転換です。働き方改革は多様な働き方を実現し、個人の生産性と生活の質を向上させます。
1.3 ワークライフバランスの重要性
長時間労働が健康問題や過労死の原因となり、社会問題化しています。従業員のメンタルヘルス、ロイヤリティアップ、離職率低下が重要なテーマです。働き方改革はそれらを実現する方策です。
1.4 生産性の向上
日本の労働生産性は他の先進国に比べて低いと指摘されています。効率的な働き方の実現は、生産性の向上と人件費抑制につながります。これにより、企業の競争力は強化され成長性が向上します。
2 国の指針と取り組み
日本政府は、働き方改革を推進するために様々な指針や政策を打ち出しています。具体的には以下のようなものです。
2.1 「働き方改革実行計画」の策定
政府は2017年に「働き方改革実行計画」を策定しました。この計画には、以下のような重要なポイントが含まれています。
- 長時間労働の是正:月間残業時間の上限を設けるなど、労働時間の管理を厳格化。
- 同一労働同一賃金:正社員と非正規社員の間の不合理な待遇差を是正。
- 多様な働き方の推進:テレワークやフレックスタイム制度の普及を支援。
2.2 法改正と規制強化
働き方改革関連法案を成立させ、労働基準法や労働契約法の改正を行いました。これは労働時間の適正管理や同一労働同一賃金の実現を企業に課すものです。
- 労働時間の上限規制:時間外労働の上限を年間720時間、月45時間、繁忙期でも月100時間未満に制限。
- 年次有給休暇の取得義務:年間10日以上の有給休暇を持つ労働者に対して、少なくとも5日の取得を企業に義務付け。
2.3 支援策と助成金
企業が働き方改革に取り組むための支援策や助成金制度も整備されています。働き方改革は一時的に財務体質を弱体化させる可能性があります。しかしこれにより企業はそのようなリスクを排除しながら「働き方改革」を実践できます。
- テレワーク導入支援助成金:テレワークの導入に必要な設備やシステムの導入費用を一部助成。
- 働き方改革推進支援助成金:労働時間管理の改善や多様な働き方の導入に対する支援金。
2.4 啓発活動と普及促進
政府は、働き方改革の重要性を広く国民に周知するための啓発活動を行っています。セミナーやワークショップがそれです。企業や労働者に対して具体的な取り組み方を紹介するものです。
3 現状、「働き方改革」と「人材開発」の実効性を両立できるか
「企業は人」という言葉があるように、「人材開発」の重視が企業の持続的な成長につながります。
しかし「人材育成」は企業やマネージャーにとって、大きな労力を必要とします。具体的にその費用と労力はどの程度あるのでしょうか。
人材開発の目的は従業員の能力やスキル向上、成果の実現、モチベーション向上です。そしてそれによって企業の業績を上げることです。企業やマネージャーは人材開発にどれだけリソースをとられているのでしょうか。
3.1 企業の人材開発への投資
企業が人材開発にどれだけの資源を割いているかを示すデータがあります。例えば、以下の調査結果が示しています。
- ATDの調査では企業は1人あたり年間1,308ドル(約20万円)を人材開発に費やしています。(ATD State of the Industry Report 2021)。
しかし日本の企業では1人当たり年間32000円しかかけていません。(産業労働研究所 2022年)。つまり、日本企業は人材開発にわずかなリソースしか使っていないのです。
このまま「働き方改革」を行うと、集合研修の時間とコストが増え、OJTが減ります。それは日本の労働者の能力が他国よりも劣化することと直結しています。
3.2 マネージャーの時間投資
また、マネージャーが人材開発にどれだけの時間を割いているかも重要です。以下のデータはその一例です。
- Gallupの調査によると、マネージャーが従業員のパフォーマンス向上のために1週間あたり平均6時間を費やしています。(Gallup's State of the American Manager Report)。
しかしこれは1人当たりに対する、OJTの時間数です。従って部下が増えるほど、マネージャーの生産時間におけるOJT時間数は増えます。それはマネージャー自身の生産性を下げることにつながります。
3.4 効果的な投資の重要性
しかし従業員のロイヤリティアップと離職率低下。従業員の成長と業績アップ。これらのために「働き方改革」と「人材開発」は両立させる必要があります。そのための適切な投資は企業の業績に直結しています。
これからの企業は業績を下げずに「働き方改革」を行うこと。「人材開発」にかけるリソースを、効果を上げること。この2つを行う必要があります。
4 企業が働き方改革と人材開発の効果を上げる方策
労働時間を減らしながら人材開発の効果を高めるために、企業が取るべき具体的な方策を以下に提示します。それぞれの項目と具体的な内容、さらに既に行っている企業の事例を挙げて説明します。
4.1 オンライン学習プラットフォームの活用
4.1.1 具体的な内容
- 柔軟な学習時間:従業員が自分のペースで学習できるオンライン学習プラットフォームを導入することで、労働時間外に学習を進めることが可能です。
- 多様なコース提供:幅広いスキルや知識をカバーするコースを提供し、従業員のニーズに応じた学習をサポートします。
- 進捗管理と評価:プラットフォームを通じて学習の進捗を管理し、評価を行うことで、効果的な学習を支援します。
4.1.2 事例
- IBM:IBMは、オンライン学習プラットフォーム「YourLearning」を導入しています。社員がいつでもどこでも学習できる環境のことです。これによってスキルアップやキャリア開発に必要なコースを社員に提供できています。その結果社員の自己啓発を促進しています 。
4.2 マイクロラーニングの導入
4.2.1 具体的な内容
- 短時間での知識提供:1回あたり5-10分程度の短い学習コンテンツを提供し、忙しい業務の合間でも学習しやすい形式を採用します。
- モバイルフレンドリー:スマートフォンやタブレットでも学習できるようにし、いつでもどこでも学習できる環境を整備します。
- インタラクティブなコンテンツ:動画、クイズ、ゲームなどのインタラクティブな要素を取り入れ、学習効果を高めます。
4.2.2 事例
- Unilever:Unileverは、マイクロラーニングプラットフォーム「Degreed」を導入しています。従業員は短時間で効果的に学習できる環境を得ています。これにより従業員は動画やインタラクティブなコンテンツで自己学習ができています。
4.3 集中型ワークショップやセミナーの開催
4.3.1 具体的な内容
- 短時間集中型セッション:半日や1日の集中型ワークショップを開催し、短時間で重要なスキルや知識を習得させます。
- 実践重視のアプローチ:座学だけでなく、実践的な演習やディスカッションを取り入れ、学習効果を高めます。
- フォローアップセッション:ワークショップ後にフォローアップセッションを設け、学んだ内容を実践で活用するためのサポートを行います。
4.3.2 事例
- Google:短時間でスキルを学ぶ「Google Garage」を実施しています。このプログラムの内容は、デジタルスキルやリーダーシップスキルです。従業員はこの集中型ワークショップで自己学習しています。
4.4 メンターシッププログラムの導入
4.4.1 具体的な内容
- ペアリングシステム:経験豊富な社員と若手社員をペアリングします。定期的なメンタリングセッションを実施します。
- 相互学習の促進:メンターとメンティーの間で双方向の学習を促進します。知識やスキルの共有を行います。
- キャリア開発支援:メンターがメンティーのキャリア目標に対してサポートを行い、成長を促します。
4.4.2 事例
- Microsoft:Microsoftは、メンターシップを導入しています。社員間での知識共有と成長を促進しています。定期的なメンタリングセッションは若手社員のキャリア開発につながっています。
4.5 ハイブリッドワークの促進
4.5.1 具体的な内容
- 柔軟な働き方:リモートワークとオフィスワークを組み合わせた柔軟な働き方を推奨し、従業員のワークライフバランスを向上させます。
- テクノロジーの活用:ビデオ会議ツールやコラボレーションツールを活用し、リモートでも効果的なコミュニケーションとコラボレーションを実現します。
- 労働時間の効率化:リモートワークによる通勤時間の削減を活かし、労働時間の効率化と生産性の向上を図ります。
4.5.2 事例
- Salesforce:Salesforceは「Work From Anywhere」ポリシーを導入しています。従業員はオフィス、自宅、または他の場所から働くことを選択できます。この取り組みにより、柔軟な働き方を実現しながらも効果的な人材開発を行っています 。
これらの方策により、企業は労働時間を減らせます。同時に効果的な人材開発を実現します。従業員のモチベーションと能力を最大限に引き出すことが可能となります。
5 マネージャーが働き方改革と人材開発の効果を上げる方策
マネージャーが働き方改革と人材開発の効果を上げるためには、具体的な方策とその実行方法が重要です。以下に3つの具体的な方策を挙げ、それをマネージャーが実行できるようにするために必要なことも含めて説明します。
5.1 フレキシブルな働き方の推進
5.1.1 具体的な内容
- フレックスタイム制度の導入:従業員が自分の生活スタイルに合わせて働く時間を選べるようにする。これにより、ワークライフバランスの向上と生産性の向上が期待できる。
- リモートワークの促進:週に数日、自宅から働くことを許可します。通勤時間を削減し、集中力の高い環境での業務を推奨する。
5.1.2 必要なこと
- ツールとインフラの整備:リモートワークを効果的に行うツールを整備します。ビデオ会議ツール、プロジェクト管理ツール、コミュニケーションツール(例:Slack、Microsoft Teams)の導入が必要です。
- 研修とサポート:リモートワークのベストプラクティスを共有します。またタイムマネジメントの研修を実施します。
5.2 社員個々に合わせたフィードバックと目標設定
5.2.1 具体的な内容
- 1対1のミーティング:定期的に個別ミーティングを行います。そして従業員の進捗状況や困難な点について話し合います。これにより、早期の問題解決とモチベーションの向上が図れます。
- SMART目標の設定:具体的(Specific)、測定可能(Measurable)、達成可能(Achievable)、関連性のある(Relevant)、時間制限のある(Time-bound)目標を設定し、従業員が明確な目標に向かって努力できるようにする。
5.2.2 必要なこと
- フィードバックの技術:マネージャーに効果的なフィードバックスキルを付与します。
- 評価ツールの導入:従業員のパフォーマンスを追跡し、評価するシステムを導入します。
5.3 継続的な学習とキャリア開発支援
5.3.1 具体的な内容
- キャリア開発プランの作成:各従業員のキャリア目標を明確にし、それに基づいて個別の開発プランを作成する。これにより、従業員が自身の成長と会社の目標をリンクさせやすくなる。
- 継続的なトレーニングの提供:最新の技術やスキルに関するトレーニングを定期的に提供し、従業員が常に最新の知識を身につけられるようにする。
5.3.2 必要なこと
- トレーニングプログラムの策定:社内または外部のトレーニングプログラムを策定し、実施するためのリソースを確保する。
- メンターシップの促進:経験豊富な社員と若手社員をペアリングし、定期的なメンタリングセッションを実施するプログラムを構築する。
5.4 具体的な実行方法
5.4.1 ツールとインフラの整備
- 必要なITツールのリストを作成し、導入および社員への使用法のトレーニングを行う。
- リモートワークに適したセキュリティ対策を実施する。
5.4.2 研修とサポート
- リモートワークやフィードバックスキルに関する社内ワークショップを定期的に開催する。
- 新しいツールやシステムの使い方をサポートするためのマニュアルやオンラインヘルプデスクを設置する。
5.4.3 評価ツールの導入
- 適切なパフォーマンス評価ツールを選定し、全社員に対してその使用方法をトレーニングする。
- 定期的に評価データをレビューし、必要に応じて調整を行う。
5.4.4 トレーニングプログラムの策定
- 社員のニーズを調査し、それに基づいてトレーニングプログラムを設計する。
- トレーニングの効果を測定し、継続的に改善するためのフィードバックシステムを構築する。
5.4.5 メンターシップの促進
- メンターとメンティーのペアリングを管理するシステムを導入し、定期的なチェックインを行う。
- メンターに対するトレーニングを提供し、効果的なメンタリング方法を学ばせる。
まとめ
「働き方改革」と「人材開発」両立のメリット
以上のような方策によって、「働き方改革」の実施と「人材開発」の効果を上げることが可能になります。
それはすなわち、従業員がワークライフバランスを保って、自分のプライべートの充実と仕事の成果、やりがいの両方が実現することで、自社へのロイヤリティが上がり、離職率の定価につながります。同時にそれらの従業員の潜在能力を上げ、企業全体の業績向上を実現するでしょう。
ただ、上で挙げた内容をお読みいただければ分かるように、その実現のためには企業もマネージャーも、多くの改革を自ら行わなければいけません。中には内容の多さを見るだけで、実現不可能と思う方もいるでしょう。
具体策を私たちは持っています
しかし、自社の実態をよく分析すれば、優先順位は決まって来ます。また個々の方策をできるだけ自社の活動とマネージャーの負荷を減らしながら、実現するためのメソッドもあります。たとえば私たちヒューマンパワー研究所には、社員個々に合わせたフィードバックと目標設定」のメソッドとして「SARC」というマネジメント理論とその研修というメソッドがあります(くわしくは こちら を参照ください)。これをマネージャーが身に付ければ、マネージャーの負荷を減らしながら、部下のモチベーションを上げその成長を促進させることが可能です。
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